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東京地方裁判所 昭和60年(ケ)1183号 決定

氏名

株式会社千代田住宅

代表者代表取締役

佐々木和子

主文

上記の者に対し、別紙物件目録記載の不動産を

金二五六八万円で売却することを許可する。

理由

一、上記の者(以下千代田住宅という)は、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という。)につき、当裁判所の特別売却実施命令に基づく売却において、金二五六八万円の額で買受けの申出をした。しかるところ、本件記録上売却不許可事由があるとは認められないので、千代田住宅に対し上記の金額をもって本件不動産を売却することを相当と認め、これを許可することとする。

なお、弁護士内野繁(以下内野弁護士という。)においては、前記買受申出のなされた後である昭和六二年六月一二日、当裁判所に対し、本件競売事件における所有者兼債務者である笠井文男(以下笠井という。)の代理人名義を以て、「本件競売事件の申立債権者である日本ハウジングローン株式会社(以下ハウジングローンという。)の本件不動産についての抵当権設定登記及びその承継人である日本エステート株式会社(以下エステートという)の同抵当権移転の登記は、昭和六二年六月八日付で解除を原因としていずれも抹消登記が了された。よつて、民事執行法一八三条二項所定の執行処分の取消しを求める。」として、その旨の登記が了されている不動産登記簿謄本を提出した。

しかしながら、当裁判所は、後記の理由により上同文書の提出を以てしても本件競売手続きは取消し得ないものと思料するものである。

二、1、記録によれば、笠井は、昭和五五年一二月九日、本件不動産につき所有権移転登記を経由した。ハウジングローンは、これにつき抵当権(被担保債権額一八〇〇万)(以下本件抵当権という)及び代物弁済予約の各契約を締結し、上同日、その旨の各登記を経由したが、昭和六〇年六月一一日、本件競売の申立て(被担保請求債権、残元本一七七三万一五二一円、利息三一六万〇六二九円、遅延損害金右元本に対する昭和六〇年三月一日から完済まで。)に及んだ。当裁判所は、これをうけて昭和六〇年六月一二日、競売開始決定をし、同月一八日付で差押え登記がなされた。但し、担保権者は申立債権者のみであった。そして、翌月一九日には現況調査がなされたが、別紙物件目録三記載の建物(以下本件建物という。)については、帝国管財株式会社(以下帝国管財という。)(代表者代表取締役伊明善こと緒方真夫)(以下緒方という。)が日東総業株式会社(以下日東総業という。)の仲介で笠井との間に昭和五八年九月一日所謂短期賃貸借契約を締結し、これを社員寮として使用していると主張している旨の報告がされた。しかし、帝国管財なる会社は所謂占有屋とみられる者で、本件建物についての占有態様も極めて不自然であったところから帝国管財の主張する賃借権は本来の用益を目的とする正常なものではないとされ、本件建物には買受人に対抗できる賃借権等は何等存在しないものとして物件明細書が作成された。ハウジングローンの所謂系列会社であるエステートは、昭和六一年八月二九日、代位弁済を原因として本件抵当権移転の登記を経由し本件競売事件における申立人としての地位を承継した。

他方、緒方は、昭和六二年三月二一日、本件不動産を笠井から買受けたとして、同月二四日付でこれを原因とする所有権(持分)移転登記を経由した。

本件不動産は、その最初の売却実施命令に基づく期間入札には適法な入札がなかったため、昭和六二年五月六日、特別売却実施命令(期間昭和六二年六月三日から同年一二月三日まで、最低売却価額金一三六〇万円)がだされて売却に付された。そうしたところその期間の初日に緒方外一四名が同時に買受けの申出(緒方においては買受申出価額金二〇〇七万円)をしたが、千代田住宅がその中で最高価額をつけたため買受申出人となつたことは上記のとおりである。ところが、エステートは、昭和六二年六月四日、笠井の代理人と名乗る内野弁護士から本件抵当権の被担保債権を一括弁済したい旨の申入れをうけた。エステートとしては、本件不動産は特別売却方法で最低売却価額をもって売却されたものと軽信していたので、請求債権額は計算上金二七五二万六七八三円(上記元本及び利息と遅延損害金六〇六万二〇一四円並びに本件競売費用五九万九八〇〇円の合計。)であったが、同弁護士の要求をいれて損害金の利率を利息のそれに引き直して計算した額である金二一四六万四七六九円に減額したうえで、その申入れを承諾した。内野弁護士は、同年同月八日、上記金額の現金を支払ってエステートから本件抵当権登記等の抹消移転登記に必要な一件書類を受領した。このような経緯から当裁判所に対する上記のとおりの内野弁護士の申立てがあったものである。

以上の事実を認めることができる。

2、また、日東総業及び帝国管財は、競売手続に種々の方法で介入して不当な利益を得ることを目的として設立されたとみられる会社で、いずれも緒方の支配下にあるばかりでなく緒方個人と同視できるものであること、内野弁護士は右会社及び緒方の所謂顧問ないし専属の代理人として常に活動している者であること(帝国管財につき昭和五九年(ヲ)第七九八号、日東総業につき昭和六二年(ヲ)第一〇七九号等)は、当裁判所に職務上極めて顕著な事実である。

3、以上の事実を総合するときには、緒方は、当初帝国管財の名義をもって本件建物に短期賃借権を設定したとして同建物を占有してその売却価額を低落せしめたうえ、これを買受けて転売を図るなどして不当な利益を挙げようとしたが、上記のとおりの経緯でこれが果たせなかった。そこで次ぎには、自己が差押えの効力に違反して上記のとおり本件不動産につきその差押え後に笠井から所有権移転登記を経由していることを利用して、かつ、エステートが上記の買受申出価額を了知していなかったことを奇貨として、実質上は自己の代理人である内野弁護士を形式上は笠井の代理人ということにし、自己の資金を以て上記エステートの買受申出価額より低額で本件被担保債権の弁済をなし、それによって本件抵当権設定等の各登記の抹消登記を経由し、もって本件競売手続の取消しを得て本件不動産を確保しようと企図したものである、と優に認定することができる。

また、記録(審尋の結果を含む)によれば、笠井も緒方の上記企図を十分承知してこれに協力しているものであることも認めることができる。即ち、笠井が緒方との間の上記売買契約やエステートに対する上記弁済については、自らは何等の関与もせずしてこれを内野弁護士に全くまかせきりにし、かつ、緒方の上記方策が成功した暁には、多少の金員の交付を受けることとなっていること等が認められるためである。

4、しかるところ、売却における実体手続き両面についての公正の確保、並びに買受人ないし買受申出人を保護するため債務者ないし所有者との均衡をとりながらその地位の強化を図るべきであることは、いずれも民事執行における緊急かつ重要な課題である。このことは、民事執行法(以下法という。)六五条、七一条によって所謂悪質ブローカーの全面的な排除を図っていること、法七二条、八四条によって売却実施後に執行停止文書の提出があった場合にはその効力の制限をしていること、さらには法七六条によって買受け申出があった後における、申立ての取下げ又はその作成の原因が債権者と債務者の任意の行為にかかるものとみられる法三九条一項四号、五号所定の文書を以てしての執行取消しについては、最高価買受申出人等の同意が原則として必要とされていことの他、同法一八四条によれば代金納付による買受人の不動産取得は担保権の不存在又は消滅により妨げられないことと定められていること等によって、民事執行制度上の精神として法上も明示されているところである。以上の法意及び精神に照らすときには、緒方及びこれに協力した笠井の上記所為は、競売手続きにおける売却の公正な競争原理に著しく違背する制度そのものを破壊する虞れのある信義に反したものであると言わざるを得ない。

従って、本件抵当権の登記が抹消されている登記簿謄本を提出したことを理由とする内野弁護士の前記申出は、実質上緒方の上記目的のために競売手続の取消しを求めるものであるから、権利の濫用であると認めるのが相当である。

よって、本件競売手続を取消すことはできないものと判断し、主文のとおり決定する。

(裁判官廣田民生)

別紙物件目録

一、所在 板橋区高島平三丁目

地番 一一番地三

地目 宅地

地積 一四〇二四・六九m2

持分二、三五五、六〇八分の五、三六八

二、一棟の建物の表示

所在 板橋区高島平三丁目一一番地三

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一四階建

床面積

一階 一九〇五・四六m2

二階 二〇五六・一六m2

三階〜八階 各二〇二一・一四m2

九階〜一〇階 各二〇二一・五八m2

一一階〜一四階 各二〇二二・〇二m2

専有部分の建物の表示

家屋番号 高島平三丁目一一番の三の一六六

建物の番号 六一七

種類 居宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 六階部分 五三・六八m2

三、一棟の建物の表示

二と同じ

専有部分の建物の表示

家屋番号 高島平三丁目一一番の三の四三八

建物の番号 一一九

種類 集会所、事務所、作業員詰所

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 一階部分 一六六、五四m2

持分 二、三五五、六〇八分の五、三六八

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